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電卓の歴史

『カシオミニ』の誕生

Story 1 トランジスタからLSIへ

『カシオ001』など日本メーカー製の電卓は、演算素子にトランジスタを採用していた。演算素子とは、加算・減算などを行う回路のこと。この演算素子の進化が、新世代の幕開けをもたらすことになる。演算素子の主流は、電子回路を1チップに収めたIC、そしてICよりも集積度の高いLSIへと移っていった。初のLSI電卓は1969(昭和44)年に、乾電池駆動のLSI電卓が1971(昭和46)年に日本のメーカーから発売され、より小さく持ち歩き可能な電卓づくりへの流れが加速していった。

Story 2 開発・販売の両面で繰り広げられた「電卓戦争」

Story 2 開発・販売の両面で繰り広げられた「電卓戦争」

LSI電卓の登場と前後して、電卓市場に参入する企業が急激に増えた。その理由は、アメリカの半導体メーカーが日本にLSIの製造ラインを作り、日本に向けて本格的に供給し始めたことにある。これまで電卓の開発実績に乏しかった企業にとっても、製造が容易となったのは言うまでもない。
この頃からマーケットは、驚異的なスピードで成長しはじめた。生産量は毎年2倍以上のペースで伸び続け、1970(昭和45)年には1000億円に達している。最盛期の参入企業は50社以上も数えられたが、これらのメーカーが入り乱れての熾烈な戦いが始まることとなった。開発・販売の両面で繰り広げられた「電卓戦争」だ。

Story 3 『カシオミニ』の衝撃

Story 3 『カシオミニ』の衝撃

激しい競争によって電卓の最普及価格帯は4万円台まで下がったが、メーカー各社は依然として手軽に買える価格を実現できずにいた。そんな中でマーケットに一大旋風を巻き起こしたのが、1972(昭和47)年の『カシオミニ』誕生である。サイズは、その頃主流であった電卓の4分の1以下。さらに価格は3分の1以下の1万2800円を実現し、ライバルのメーカー陣に衝撃を与えた。『カシオミニ』は爆発的にヒットし、発売後10ヶ月で 100万台を販売。電卓の歴史においては、多くのメーカーが市場から撤退するほどの一大事として記憶されている。

Story 4 パーソナル市場の開拓

Story 4 パーソナル市場の開拓

『カシオミニ』の登場は、もうひとつマーケットに大きな変革を与えた。それは、個人向け電卓市場の開拓だ。これまでの電卓は、あくまでオフィス合理化のための機械。しかしサイズも小さい上に低価格の電卓『カシオミニ』のヒットによって、一般家庭での需要が見いだされたのである。
かくして電卓は、一家に一台の時代を迎えた。ちなみにカシオミニシリーズは次々と開発され、1975(昭和50)年に発売された『パーソナルミニ』では、4800円という低価格を実現、シリーズ累計の販売台数は1,000万台に達した。

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